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レポート

2011.06.22
30年目の輸入住宅(2006年6月)

「築30年の家に、私は誇りをもって住んでます」

私はいまの家を昭和54年に新築しました。もちろん輸入住宅です。

アメリカの家を造る仕事を一緒にやろうと誘ってくれたFさん。輸入住宅の先駆者で、私のビジネスの師匠でもあったそのFさんに、32年前に連れて行かれたシアトルでは、美しい街並みにすっかり魅了されると同時に、日本とは桁違いの高性能でおしゃれな住宅にカルチャーショックを受けた私でした。昭和54年の新築は、そんな私にとって資金面では精一杯の背伸びをしているものの輸入住宅を誇らしげな気持ちで設計・施工したことをいまもよく覚えています。

42坪の家の木材、合板、断熱材、プラスターボード、サッシ、ドア、システムキッチン、飾り縁、ペンキ用下地調整パテ等ほとんど全ての材料を40フィートと20フィートの2つのコンテナで運び込みました。

子供2人と夫婦の生活の場として造ったのですが、10年を経て親を引き取ることを考え、また子供のピアノ室の必要もあり、さらに全館空調の魅力にも駆られ、大規模な増改築をして50坪の家にしました。

その後、自分の書斎が欲しくなりさらに増築。計算するのも面倒で正確には分かりませんが55坪くらいになったのでしょうか。その間に、長女は結婚をして出て行き、いつの間にか孫が3人も出来てしまいました。

「高い家賃をいつまでも払うより、一時同居して建築資金を貯金したら」という私の言葉に素直に応じた娘家族が同居して8人暮らしに。でも私が鬱陶しかったのでしょうか、娘家族は3年で出ていってしまいました。そして次女はカナダに行くと...『まったく!!親の気持ちの分からぬ連中だ。勝手にしたらいい』と、最近はあきらめの境地です。両親も他界し、現在は55坪の家に夫婦2人暮しで、間取りも大きさも意味のない家になりつつあります。

アメリカでは、このように子育てが終わり、子供たちが独立していったらその家を売りその代金でいまの生活スタイルに合った場所に家を求め、住み替えるが普通のようです。

でも10年も経てば家の資産価値がゼロになってしまう日本ではアメリカのように簡単に住み替えることは出来ません。他人の住んだ家には価値を認めないということでしょうか、だから極めて売りにくく、すぐに壊して新築するというのが日本の風潮になっています。ですからこれからは建築業者は資産価値の下がらない家を建てることに、又、不動産業者は既存の建物の価値を認め、その価値を売ることに努力していくべきではないかと私は考えています。一度得た固定資産は簡単には捨てない。一度建てた家は、たとえ代が替ってもいつまでも住み続ける、続けられる。そんな価値と耐久性に恵まれた家を資産として有効に伝えることこそ「豊かさの源泉」となると考えます。

だから私は自分の家は売らず、崩さず、いつか子供達にプレゼントすることにしようと考えています。なによりも、私の建てた家は30年経っていますが悪い所はありません、これから30年でもまだまだ住み続けられるのです。

そんな資産価値が下がらない家だからこその売却例をひとつ。

千葉県習志野のHさんはどうしても仕事上引っ越ししなければならなくなり、私の造った築18年も経過している家を、土地代金だけでなく建築代金もカバーできる金額で不動産屋さんに売らせたそうです。

「ドンナハウスは価値がある家で、その価値の分からぬ人に買ってほしくない」と不動産屋さんに注文を出したそうです。

そのHさんは最近、幕張に土地を求められてフレンチ・カフェの新築計画に燃えておられます。ありがたいことに又、ドンナハウスに御指名をいただきました。

(T・I記)

カテゴリー:話題

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